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『エンサガ』ブログ アルカディア争乱記 ~骨董堅抄堂の野望~

これは、ブラウザ(CGI)ゲームである『エンドレスサーガ』の一プレイヤーである『ノーサリア』と、その中の人こと『脳錆』の冒険譚だったり繁盛記だったりする手記である……と信じたいけど、実際の所どうよ?

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南方割拠遍歴926_c



 世界は廻る。
歴史的な時勢は循環し、繰り返し、繰り返す。その結果が血の河であり屍の山であろうと、人々はそれを繰り返してしまう。

 それが愚かな行いであると分かっていても、また忘れてしまう。忘却とは人類に許された罪罰からの開放の手段であり、更なる愚行の引き金である。そして、それは運命を律する者達にとっては、正に喜劇の幕が開く為の鐘の音であるのだろう。

 列強各国の周囲から中立領地と言う名の緩衝地帯は無くなり、どちらを向いても袂を分かつ者でひしめき合い、大陸狭しと冒険者達が天舞い地駆け、また血が流れる。


……そしてまた世界は廻り、人々は繰り返す。



 本来でしたらここで大陸全土の領地変動推移を加える予定でしたが、921年の段階で北部の領地推移がまだ掴めていなかったので、いったんスルーして4と5の間に変更しようかなとか思ってたり。
 今回は激動の921年から更に時代は下り、しばしの平穏とところどころ発生する衝突を繰り返してきた、926年ルアーの月(アルカディア暦の年明け月)までの情報と共に各国の動静を見ていこうと思います。
 この年で遂に、大陸から列強未所属な中立都市が消滅し、新たな領土を獲得するのであれば敵地に乗り込まねばならぬと言う、一切の領地的余裕が無くなった……はず(※1)です。







■921年 風竜の月 第3週
ディーンがグランフェリオ領を獲得。以降、現在に至っても情勢は安定せず。※現在はディーン領
 ディーンが東進し、それにカナンが受ける形でグランフェリオへの派兵を行ったという情報があるが、現在となってはディーン領として安定しているが、一時期は中立化……したかどうかはともかく、当時はかなりきな臭い一画ではあった。厳密にはこの北にあるカナン領ジンラスの方が争いの焦点という意味では正確ではあるが。
 兎にも角にも、カナン領周辺はこの当時から現在に至るまで随時忙しかったというのが事実である。
 流石に他国間については推測と伝聞でしかない為、正確な情報・記録が手元に無く『らしい』という表現しか記せない事をご容赦戴きたい。


■922年 以降?
竜王朝ラオネスク領『リヴァージュ』にボーフォン所属の冒険者の侵入を機に、BR間の対立が表面化
 ボーフォン所属の冒険者の意図的な侵入が発覚し、偵察・支持率獲得へ動いた事を機に対立と抗争が表面化した。無論、それ以前から水面下での交渉や探索活動はあったものだが、明確に対立し後のリヴァージュ争奪の動乱へと繋がる流れはこの頃に決定的となった。
 こちらはDK間紛争とは違い厳密な記録が残っているが、あまり明確にし過ぎるのも適当ではないのでこの様な表現とする。

■923年 火竜の月 第2週
サイロン、エルザード領を獲得
 テセベルク獲得後、暫くはテセベルクでの地盤固めに奔走したのか、五年もの間は新領地のない日々が続いた。ただ、この時間で何をしていたのかは当時の学者の間では諸説あったが、エルザード領の獲得により一応の決着を見た。テセベルクも抑えつつ、エルザードも獲りに行く……つまりはそういう事であった。
 具体的にはテセベルクとエルザード間の交流を密にし、両都市でのサイロンの支配力の強化に向かったと伝えられる。これが功を奏したのかこの後の二年後の出来事である。
また、これによりサイロンとディーンは確実に勢力圏の接触をみた。

■925年 水竜の月 第2週
サイロン、アムルト領を獲得
 サイロンによるエルザード獲得の裏側では別働隊がアムルトへと進軍、これを支配下に置いた。進軍に際しては川を三つ越えての強行軍となったが、エルザードが陥落した事により挟撃が可能になった事がアムルト陥落の要因とも言われている。
 詳しい記録はこちらには無い為定かではないが、このアムルト陥落によりMX間に明確な国境線の線引きがされ、中立地帯の消滅を以って領国間に多少の緊迫感が生まれていただろう。

■925年 サーラの月 第4週
ディーン、シェト領を獲得
 前年に獲得したザルンドからの侵攻によりシェトの獲得に成功した。ディーンが北西へと進んだ事により、東西への圧力が減っている事が分かったが、サイロンからも北上を受けていたメッカニアには中立地帯の消滅を見た事で緊迫感が高まっていた。


■925年 風竜の月 第2週
ラオネスク、ガルトハイド領を獲得
 ボーフォンからの侵攻を受けている最中、戦争での戦勝支持率投下や部隊の派遣によりガルトハイド領の獲得となった。世間の識者達はテセベルクがサイロンに抑えられているのにも拘らず他の領地に関心を向けていた事に、驚愕を疑問を隠す事無く声を上げた。事実、国内でもテセベルク奪還(※2)急進派とリヴァージュ防衛を主眼に置いた者達による意見交換が盛んではあったが、戦争での勝利の為に最多の都市数を誇るサイロン等に対抗する為、ガルトハイドを獲得しておく必要性があった。また、領地の変動が起きた直後からガルトハイドに傾注していた部隊もあった為、テセベルク奪還よりも容易である事もありガルトハイド獲得と相成った。
 地政学的にはガルトハイドはディーンとの中間地点にあり、分国にあたりややラオネスク寄りの立場をとっていたが、魔族侵攻による戦乱期突入前には独立独歩の商業都市として運営が行われていた。特に、大山脈を迂回する時には重要な行商の要衝として、また旅人達の宿場町として発展を遂げていた。
 また、これを以って竜王朝支配地域においての竜湖環状都市の復帰は残す所、テセベルクのみとなった。






 と、大分延び延びになりましたが第四段の終了です。
この期間中は前半の三つにて緩やかに拮抗していくという構図が見え、後半三つでは中立領地の獲得による対立地点の明確化が起きました。
 これから先は最近の領土推移とさほど変わらなくなって来る為、伏せておくべき情報が多くなってきますので、そちらに関しては平にご容赦下さいな。

 というか、次回で一応最終回になるのかな?
もちろん、その前に北方の領土推移もまとめてみたいなーとか思ってはいますけど。
それでは、またゆっくり再開しますので暫しお待ち下さいな♪
 



※1……実際にはアルパザンをカナンが獲得した事により中立都市が消滅した……で良いのかな? でなければ、ボーフォンのゲディオル火山島の獲得だったと記憶してます。
※2……前回も書いた気がしますが、首都の喉下に刃物を突き付けられるのは勘弁願いたい、という意味で竜王朝が獲得して置くべきと判断した為、奪還という単語を表現に使用しています。竜王朝が主眼となっての歴史物なので、その辺は平にご容赦下さい。
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2008/01/16 08:54 | URL | みんな の プロフィール #-


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